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いつもなら堕落してしまう何もない1日を救済すべく、髪を切る予約を入れた。


いつもの歌舞伎町の美容室。

というと怪しい雰囲気が出て気分がいいのでこのように表現するけれど、いたって普通の美容室。

美容師を指名することもできるらしいけどそれにはお金がかかるというので指名したことはない。毎度知らない人。

今回はアマノさんという男の人。

カードを見てみると、今まで俺はあの美容室に7回行っているらしいが、女性の方が担当したのはたしか1回だけだ。男の担当は男がするものなのか、基本。

さて、「アマノ」という名札の挿さった席に座らされた僕は、隣の席に素晴らしいものを見た。

黒髪で丸いショートカットの女性の美容師。

ああ…

ため息が出んばかりに美しいショート。

俺の担当をあの人がしてくれればどれほど嬉しかったことか。

もしかしたら俺はその人の髪型を褒めてしまうかもしれない。

いや、確実に褒めるだろう。

○○さんの髪型すごくいいですね。
僕が女だったらその髪型にしたいくらいです。

ああ、言うだろう。アウトかセーフか。

セーフだと盲信して言うだろう。


その時から僕はずっと女性の髪型について考えていた。

そして、最後にアマノさんにドライヤーをかけてもらっている時に、言った。

「あの、変な質問かもしれないんですけど、」





 


6秒は待った。

相槌がなかった。

ドライヤーの音のせいで聞こえていなかったようだ。

僕は質問をするのをやめた。

「女性の髪型はどんなのが好きですか」

そう聞こうとしたのに。



髪を切ったあと、新宿末廣亭に行った。

新聞の関係でやすーく買えたチケットを握りしめ(手帳に挟み)  向かった。実家は新聞販売店なのだ。

新宿末廣亭の一般的な知名度がどれほどか分からないので一応説明しておくと、有名な寄席(よせ)です。寄席とは、主に落語、漫才、手品、漫談などが行われる演芸場みたいなもんです。

僕は小学校の頃に落語にはまって、浅草演芸ホールにしばしば行ったりしていたんですけど、その頃から新宿末廣亭のことは知っていながらも実際に行ったことは一度もなかったんですよ。

だから今回はワクワクしていた。

入ったら本当に座敷があった。

左手の座敷ゾーンに座った。

そこでまた見つけてしまったのだ…


対岸にいる、茶髪ショートの美しい女性


彼氏といる。

彼氏と彼女、どちらが熱心に落語を聞いているかというとそれは彼氏の方だったので、彼女は付き添いなのだろう。

なんと美しい方だ。

見てしまう。意識が傾いてしまう。

3割、もっと言うと4割、意識はその女性に持っていかれた。

僕に、絵で表現する力があったならそうしたかった。

ああ美しい。

彼氏はあの美しい女性のことが好きで、あの美しい女性は彼氏のことが好きなのだろう。

あれほどの美しい人に好かれる男とはなんなのだろう。なんなのだ。

私にはいつまでたっても届くことのできない魅力があるのでしょう。

嫉妬及び自己否定はほどほどにして、僕は、彼女が少しでもこの日を楽しめることを強く祈った。

これは彼女への想いではなく、彼氏へのエールだ。

寄席には、常に、年寄りしかいない。
これは揺るがない事実だ。

彼氏も寄席に来たことがあるならそれは知っていただろう。
そこに女性を誘うのには大変な勇気がいる。

そもそも、落語は地味だし。

僕は女を寄席に誘わないと思う。
つまらないなあ、とがっかりされてしまうとかなりとても非常につらいので。

だから、寄席に彼女を誘った彼は、すごい。よく誘った。

だから、どうか楽しんで帰ってね、彼女。



久しぶりの落語はとても楽しかった。漫談も手品も面白かった。常に感動する。

噺家のしゃべりは、芸術的だ。


ちらちらと対岸の彼女を見てしまう。

ケータイをいじっているのを見てしまうと不安になる。

しかし、後半になって本当に面白い人たちが出てくると、彼女はまっすぐ高座に目を向け、笑っていた。

痺れるほど美しい横顔。

僕の隣に座ることはない。





月が丸く見えた。